TVや各種メディアに登場されている投資家で元棋士の桐谷広人さん。
70歳近くになりますが、未婚のようです。性格的に少し変わった面があり、
それが原因と思われているようですが、実は過去にいろいろあったようです。
今日はそのあたりを説明します。
棋士としてのキャリア
桐谷さんは、1949年生まれ、広島県出身。
師匠はなんとあの升田幸三です。
同郷ということもあったのでしょうが、他の棋士の紹介という経緯だったようです。
奨励会には1968年に4級で入会。連盟の塾生というものも1年間経験しています。
連盟に泊まり込み様々な雑用をする係ですが、現在はこの制度は廃止されています。
その後1975年に4段、2007年3月31日に引退。
現役時の通算成績は、327勝483敗。勝率約4割。
弟子には、大平武洋さんやアマから編入試験を受け
合格した今泉健司さんなどがいます。
棋士としての実力
戦績はあまりパッとしませんが、その研究熱心さは誰もが認めるところで、
大変な努力家でありました。
家に行くと棋譜や盤面の図面が書いてある紙が所狭しと並んでいて
研究することに時間を惜しまなかったようです。
また、その記憶力はかなりなもので、過去の棋譜はおろか、
対局者や時間などを正確に覚えていたようです。
ただ、弟子の大平さんによれば、本来はこの手順で形勢はどちらがよくて、
以後はこの形は見かけなくなったとかいう知識が必要なのに、
対局者とか日付とかデータ的なものを記憶していた、
というコメントがあります。
桐谷さんは知能が高く自頭もいいと思うのですが、
もう少し将棋の本質を掴む方向に進めばもっと強くなれたのでは?
と素人考えで思ったりします。
スキャンダル
これは桐谷さんの、ではなく、米長さんのスキャンダル、です。
桐谷さんはプロ棋士になってから米長邦雄さんに傾倒していきました。
師匠の升田幸三さんと米長さんは仲がよくその関係からかと推察されます。
桐谷さんは、米長さんの本の代筆などをしたり、そればかりか、
米長さんの愛人との連絡係り、トラブル対応まで引き受けていたそうです。
その後、桐谷さんはめでたくある女性と結婚することになりました。
桐谷さんは、婚約者を米長さんに紹介した所、婚約が破談になり、
その原因は米長さんが婚約者を奪ってしまい愛人にさせたことと、
桐谷さんは以前雑誌等に語っています。
これが真実であるかどうかはわかってはいませんが、
米長さんの女好きは相当なものだったようで、
女性問題で周囲を悩ませていたようです。
当時米長さんは将棋連盟の会長で、それにより桐谷さんと
連盟との関係は複雑なものとなりました。
このことを爆弾のように週刊誌に投下したあと、桐谷さんは引退しました。
まとめ
桐谷さんの棋士としてのキャリア、
またスキャンダルの関わったことなどを説明しました。
桐谷さんはこのあと現在まで一度も結婚していません。
一度傷つけられると人は長い間ダメージをくらい、
なかなか立ち直るに時間がかかってしまうのかもしれません。
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